━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■□■ 学会報告 ■□■ 第12回 日本うつ病学会総会・第15回日本認知療法学会 「うつ病とこころの健康環境」  2015/7/17~19 東京 in 京王プラザホテル ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━     <表記:◎=抄録集抜粋 ・=藤井メモ> *「うつ」がなかなか治らない時に我々は何を考え、どう対処すべきなのか          杏林大学医学部精神神経科学教授 渡邊衡一郎先生 ◎うつ病をきちんと治療し、寛解・回復に至るようにすることの大切さは周知となってい るが、米国の大規模研究 STAR*D studyでは、1年間変薬や増強、更には認知療法まで も試みても、寛解に至った患者は約67%にとどまっている。 最初の抗うつ薬が奏功しない場合、薬物療法でどうにかしなければと考える前に、検討 すべき事項がある。まず診断の再検討を行う。診断のエラーとして、双極性障害が見過 ごされていることが考えられる。 難治性に関連する因子としては、躁的因子や不安症の併存が挙げられている。実際に我々 の調査でも、難治性うつ病の入院患者の多くが双極性障害あるいは双極スペクトラムを 持ち、更には不安症併存例も多いことが分かった。 患者が服薬を中断することもある。外来患者の約半数以上が半年で治療を中断する。 その理由として、副作用・依存へのおそれ、症状の消失などの理由が挙げられる。 薬物療法で出来る工夫として先ずは、「十分な用量」を「十分な期間」処方することであ るが、英国モーズレイガイドラインにおいては、まず変薬を推奨している。その次には薬の増強 または併用を考える。ただSSRI単剤と他の薬物の併用療法では、効果は同等であるも のの、単剤の方が副作用の負荷は少ない。非定型抗精神病薬を増強すれば寛解の効果は 2倍であるが、有害事象による中断率は3.9倍であった。 改めてうつ病治療を始める前に、診断(併存も含め)、社会的状況についてきちんと確認 し、薬物療法のみで安易に解決させないよう注意を要する。 *うつ病からの社会復帰         北九州古賀病院院長 中村 純先生 ◎うつ病患者の社会復帰を検討する上で、患者の状態を的確に把握し、就労可能なレベル かどうかを見極められる適切な評価方法を選択することも重要になる。 うつ病の評価として一般的に用いられるHAM-DやSDSによる評価だけでは、休職あ るいは復職を検討する就労可能レべルを正しく反映しているとはいえない。そこで近年 では、うつ病患者の社会適応能力を評価する社会適応能力の自己評価尺度(SASS)が注目 されている。SASSはうつ病から回復することと復職との間を埋めるツールとして有用 と考えられる。 うつ病の改善は、抑うつ症状の寛解と社会適応能力は必ずしも一致しないことが知られ ている。 休職した労働者が復職を継続するためにも、うつ状態が寛解し活動性も十分回復してい ることが必要である。 ・活動性が高い群の方が、就労成功が高い。  戸外での活動+家族との交流+他人との交流、これらが多くなれば復職可能となる。 ・転職が多い人は、再発しやすい傾向がある。 *うつ病と生活習慣          東京大学大学院教育学研究科教授 佐々木 司先生 ◎精神疾患に限らずどのような病気でもその発症には遺伝的要因と環境的要因の双方が関 与している。精神疾患の中で、統合失調症、自閉スペクトラム症、双極性障害などでは 遺伝的要因の関与が大きいのに対して、うつ病や不安症では環境的要因がかなり大きく 関与している。 本講演では「生活習慣」の影響に焦点をあてて論ずる。「生活習慣」に焦点をあてる理由 は5つある。 1つは、通信情報機器(携帯電話やPCとその運用システム)、娯楽や商業施設の営業形態 (テレビ放送や小売店の深夜営業、ゲームソフト)、飲食習慣等の変化により、生活習慣 がここ数十年で急速かつ大幅に変化し多くの新たな要因が出現していることである。 既にある程度の年齢に達している世代に比べて、子供達の場合には生まれた時から これらの要因に暴露されており(影響を受けており)、その影響は比較にならないかも知 れない。 2つ目は、生活習慣の問題は社会全体の変化に起因しているため、これらの要因に暴露 されている人の割合が非常に高いと考えられることである。 3つ目は、生活のあり方は健康維持・増進における生物学的基盤であり、単なる修飾的 要因ではなく、精神疾患の治療・予防における最も基礎的要因の一つと考えられること である。 4つ目は、介入可能性である。生活習慣の成り立ちにも様々な要因は絡んではいるが、 元々の性格や遺伝的要因ががんじがらめに絡んだ複雑な要因に比べれば、介入の可能性 は高く、介入のターゲットも定めやすいと考えられる。 5つ目は、介入がうつ病などの精神疾患のみでなく、身体疾患(いわゆる生活習慣病) の改善・予防にも役立つことである。精神科医や心理士は自分が治療を担当している病 気に目が行きがちだが、治療を受けている側からすれば精神疾患はその人が抱えている 問題や心配のone of themにしかすぎない。身体疾患の予防や改善に役立つ介入は大切 である。特に治療を受けている側の年齢が上がるほど重要となる。 ・睡眠の予防的な知識に欠けているために、うつ病になっている人が多い。 ・睡眠時間が6時間寝ていない人は、うつ病になる確率が1.3倍高くなる。 5時間以下の人は更に高くなる。 ・外来患者に24:00には寝るように指導したら、1ケ月後には症状が改善した。 ・うつや不安の症状が重くなる時は、睡眠時間が短い時である。 ・うつや不安の人には、夜更かしする人が多い。 ・睡眠時間の低下は、うつ病だけでなく肥満や死亡リスクも高くなる。 ・生活習慣が悪い場合は、薬は効かない。薬の前に先ずは生活改善をする必要がある。 *こどものこころを育てる認知行動療法          椙山女学園大学人間関係学部心理学科助教 中野有美先生 ◎人が社会の中で生き抜いていくためのこころを育む教育については、現在のところ教科 外の課外活動に委ねられている。しかし「教科」のように、こころを鍛え育むためのカ リキュラムや指導指針が明確に示されているわけではない。 認知行動療法(CBT)は、抑うつ感・不安感を中心にそれらの精神症状を緩和する働きが ある心理的支援法として注目を浴び続けているが、最近CBTのレジリエンスを育み、 メンタルヘルスを増進させる働きに注目が集まりつつある。 レジリエンスとは、ストレスを受けて窮地に立たされたとしてもそこから立ち直り乗り 越える心的特性であると定義することが出来る。 CBT個人セッションは、日常生活の中で困難が生じた時、自身の考え方と行動パターン を見直し、考え過ぎて現実が見えなくなっている点があれば検討し、具体的な問題があ るならそれに圧倒されるのではなく、その問題を小さくする糸口を模索して行く。 治療の場面では治療者との共同作業で進められていくこれらの手順を、適応などに大き な問題がない通常の生徒一人ひとりが学校の授業の中で学ぶ。 すなわち、自分自身の考え方や行動への向き合い方を学び、検討する力、解決する力の 基礎を養うツールとしてCBTが考えられるのである。 演者が属する認知行動療法教育研究会では、学校教育の中で教員がCBTを使った授業 を行いやすくするために、CBTを用いた心を育む授業に関する教育指導案を作成した。 ・こころのしなやかさ=レジリエンス ・辛い時に辛いこころと向き合うトレーニング ・たった1回1Hで、抑うつ尺度は改善する。抑うつ感が高めの生徒が改善している。                                       以上