━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━    ■□■ 大人の発達障害に、職場はどう対応したらいいのか ■□■ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ *同じ『抑うつ状態』や『適応障害』の診断書なのに、どうしてこうも治療経過が違うの?  ちょっとなにか違うな? この疑問が、私が発達障害の勉強を始めた出発点でした。  大人の発達障害の多くは、抑うつなど他の精神疾患を合併します。一般の精神科外来に  は、おそらく1割程度の発達障害の患者さんが混じっているとの医師見解もあります。 *処方された薬を服用してもなかなか症状が改善しない、副作用が出やすく、同時期に発  症した社員は既に寛解して通常仕事に戻っているのに、いつまでも抑うつ状態が続き、  業務の軽減措置を取らなくてはならない人達。  職場では、対人関係でのトラブルが多く周囲が困惑し、複数の情報を同時に処理する事  が苦手で、急な予定変更には対応できず、ミスが連発し、電話や人の話し声に過敏で、  なかなか仕事が進まない困ったさん達。これらが発達障害を基底に持つ方々でした。 *ASDの基本症状は、“三つ組の障害”です。 @社会性   ・対人交流が苦手・対等な人間関係を構築できない・人よりも物に関心がある  ・一般的な社会生活の能力が乏しい・年相応の常識が欠如している・物事に優先順位を  つけられない・段取りが悪い・こだわりが強い・空気が読めない・場をわきまえない行  動をする Aコミュニケーション   ・自分に興味のあることが中心で一方的な会話になりがち・無表情で「はい」とだけ答  えるが後の会話が続かない・表情が硬い・しぐさが乏しいor大げさ・視線を合わせない  ・自分の気持ちを上手に表現できない・ユーモアや冗談が通じない Bイマジネーション   ・相手の言葉の裏側の思いを想像するのが苦手・相手の立場に立って、相手の気持ちを  想像することができない *更に、基本症状以外の特徴として ○感覚過敏−−音、光、匂い、味に敏感or鈍感 ○協調運動の障害−−不器用、歩行がぎこちない ○情報処理能力の偏り−−視覚認知能力が優位、細部にとらわれる、複数の情報を同時に  処理できない *私が職場で出会った大人の発達障害の方々を紹介します。今日も元気に働いています。 ◆上司に「帰れ」と言われて、直後帰宅してしまった営業のA君  入社時に元気な返事で活発だったので営業配属となったようですが、段取りが悪くて、  顧客に迷惑をかけてしまう事案が多発しました。A君の代わりに謝罪し続け、辛抱して  きた上司が「もういい、帰れ」と言ったら、「わかりました」と帰宅してしまったのです。  上司から「どう指導していいか、もう訳わからない」と相談され、私は早速本人とカウ  ンセリングを行いA君の特性を申送りました。本人に悪気はないのですが、脳の発達が  アンバランスなために相手の言葉の裏側の思いを想像することが苦手なので、言われた  言葉通りに受け止めてしまうのです。視覚認知能力は優れているタイプだから、以後の  指示は言ったことを文字や図にして見せながら、具体的な内容でお願いしました。  更に、その職場用にA君版“私のトリセツ”を作成し、出来ることと苦手なことを記載  して同僚の方々にも情報共有をお願いしました。上司の理解も得て、業務内容を営業の  最前線ではなく営業補助の立場に部内異動させて業務軽減措置を取りました。  A君には、こういう場面では何を言うべきなのか、という人づき合いの方法や事例の解  説を指導しています。少しずつ学んできたA君は、以前のような突拍子もない言動は無  くなりました。あれから2年、今では空気が読めないことが逆に幸いして、体よく断ら  れても全く堪えないので営業成績が良くなってきたそうです。  なるほどなあ、と私は今日も元気なA君から教わりました。 ◆接客業なのにお客様を怒らしてしまうBさん  仕事には一生懸命なのに、どうもピンとはずれな言動が止まらず、お客様を怒らせてし  まいクレームが多発したBさん。有資格者で数人の部下を持つ管理職でしたが、いっぱ  い一杯になると突然大声で部下に当たり散らすことがありました。診断はアスペルガー  症候群。そこで、感情のセルフコントロールが苦手なので、本人が目一杯になった時に  脳をクールダウンさせる個室の場所を設けました。また、迷惑をかけた部下を集めて、  Bさんの特徴と接し方を申送りました。更に定期異動で、対人業務からバックヤードの  ひとり業務へ異動、部下を持たない専門職の立場に変更させました。  業務軽減が功を奏し、今では奇異な言動は無くなり、穏やかな顔付きになりました。 ◆只今話すトレーニング中の、とても素直で優しいC君  ASDのC君は、小中学校時代からいじめを受けてきたそうです。新卒で入社したので  すが、社会人として普通の会話がなかなか思うようにできず、周囲の人達がイライラし  てつい大声になってしまうと本人が泣きだして困る、との相談を受け初診カウンセリン  グとなりました。  とっても素直な心優しい人柄で、C君の話をゆっくり少しずつ聴いていくと、きちんと  会話は可能な範囲でした。でも時間をかけて待ってあげて聴くという感じなので、忙し  い現場でこの対応は無理だろうなという印象でした。  幼少時のいじめがトラウマとなり、強い口調や大声を聞くと心身共に硬直してしまい、  自分が思っていることが言えなくなってしまいます。すると情緒不安定となり、職場で  あっても泣いてしまうのです。  上司や同僚にこのメカニズムを申送りして、業務指示は普通の声で丁寧に、出来たらゆ  っくり話してあげて欲しいとお願いしました。また、急な予定変更や〆切期間が迫られ  る仕事に従事していたので、ルーチンワークだけの業務へ配置転換しました。  そして本人の話す練習です。思ったことや考えたことをC君自身の言葉で続けて話せる  ようにするトレーニング中です。随分すんなりと次の言葉が出てくるようになりました。  業務中急に泣き出すことも無くなり、勤務5年目を迎えました。 ◆ミスを連発して周囲を巻き込んでしまうDさん  Dさんがいるとその部署は大変、これがDさんへの評判でした。本人は全く罪の意識は  ないので、更に周囲を困惑させてしまうのです。  1つの仕事だけなら出来ますが、2つ目の仕事が入ってくると1つ目を忘れる。3つ目  の仕事を指示されると、「もうわかんない」と固まってしまうのです。その間止まった業  務処理に同僚は駆り出されるという悪循環でした。  初診のカウンセリングで幼児期のことを拝聴すると、「忘れ物はしょっちゅうで、忘れ物  の女王様って言われてたの」「親からよく、ちょろちょろしている子ねと言われてた」  とのこと。ADHDの方々に幼少時の事を聴くと、必ず同じ返答を受けます。  私は、“ミスノート”の作成を提示しました。内容は、1,ミスした内容2,ミス発生時の心  身の状況3, 対策、この3項目をミスしてしまった時に書いてもらうのです。  そして月毎にミスノートを振り返り、自身のミスを分析するように教示しました。  どういう状況になるとミスをしてしまうのか、に気づいてもらう訓練です。  最初は「対策がわからない」と言うので上司に同席してもらい、本人が出来そうな対策  を一緒に考えて記入しました。あれから3年、Dさんはミスノートの先生になり、ミス  した同僚にノートの書き方を教えています。やり過ぎないようにねと助言しています。 ◆私の発達障害の先生E君  E君との出会いは私にとって衝撃的なものでした。  その顧問先では社員の特性を生かしたマネージメントをしていく目的で、新入社員全員  が私とのカウンセリングを行っています。  そのE君、健康管理室に入ってくると直立不動で「私はADHDとアスペルガーで、小  さい時から支援センターで訓練を受けてきました。このようにミスノートを2つ持って  仕事しています!」と元気一杯、満面の笑みで挨拶してくれました。  もうビックリと微笑ましいので思わず「ご丁寧に、ありがとうございます」と返答。  超有名な国立大学の大学院を卒業して、一部上場の有名企業に入社したE君は、小学時  代から母に連れられ支援センターに通い、社会性やコミュニケーションの訓練をしてき  たそうです。本人の頑張りも凄いのですが、親御さんが偉いなあと感心しました。  発達障害の子供を持つ親達はどうしても隠したがり、訓練する時期を逃してしまう傾向  があります。アスペルガーは勉強がとてもできるので、気づかない親も多いのです。   そんな中で、障害など全く感じさせない元気な好青年のE君が目の前にいるのです。  会話も快活で滞りなく滑らかで、時にユーモアも言って、私にとっては感動の初診50  分でした。E君の親御さんのご苦労を察しながらも、これだ!と確信を得ました。  発達障害は、幼少時に親が特性を受け入れて早めに訓練を開始すれば、こうして立派に  社会人として働くことができるんだ、という真実です。  入社直後からバイオ開発の部署に配属となり、E君の人懐こい人柄で職場では可愛がら  れています。そして今でも私の発達障害の先生です。 *発達障害の診断については専門とする医師も限られ、基準も未だ流動的で、更に確定診  断には至らないグレーゾーンと診断される場合も多々あります。  私が強調したいのは、大人の発達障害の診断とは、その後職場でより良く働けるように  するために必要なのであって、発達障害というレッテル貼りだけして後は何もしないと  いうのは厳に慎むべきだという事です。 *職場でのメンタルヘルスケアは、『働けるかどうか』です。  産業保健の専門家として私の役割は、仕事に適応するための支援です。  大人の発達障害については診断も当然必要ですが、“業務上何ができて何が苦手なのか”  “どのような支援があれば業務を遂行できるのか”更に“職場の上司や同僚にいかに理  解してもらうか”の方がより重要だと思います。  その為には特性を熟知した専門家が、オーダーメイドの細やかな支援を続けていく覚悟  が必要だと思っています。  どんな職場にも、完璧な労働者など存在しません。  私達は自身の得意・不得意を持ちながら働いています。  多くの人達は、自身の苦手な部分も自然に周囲の支援を求めながら調整して仕事をして  いけます。が、発達障害の方々は苦手な部分が他人よりもより際立っている為に、支援  を求めたり調整をしたりすることができないのです。  発達障害は生まれつきの特性であって、治る・治らないというものではありません。  症状を減らすことだけが治療ではなく、社会生活や職場で困らないような支援をするこ  とが大切なのです。そんな丁寧なカウンセリングを続けていきたいと思います。