━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━         ◇◆◇ 日常の奇跡 ◇◆◇ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━        東日本大震災で被災された方々に、心からお見舞い申し上げます。 *3・11あの日から、私は軸足を被災地に移して、自分が出来得ることをさせ て頂いてます。クリニックも断水と停電となりトイレは近所の公園を借りながら 懐中電灯を手に後片付けをして、なかなか繋がらない携帯電話を握り締めながら、 顧問先へ社員の方々の安否確認と情報を取り続けました。交通手段の崩壊で直後 の現地入りは困難と判断し翌々日からは電話とメールによる24時間相談体制を 敷いて窓口の設置を行いました。JRが繋がり列車が動き始めるまで、計11日 間対応しました。 届いた2通のメールを紹介します。 「24時間相談窓口ができたと聞き、ようやく繋がった携帯電話でメールしてい ます。とにかく寒い!避難所は夜9:00には懐中電灯も消され就寝になりますが、 寒さと津波が襲ってくる悪夢が続いてなかなか眠れません。食欲も無く、家族は 全員無事でしたが、何でこんな事が俺達にと思うとやり切れない。不安で不安で どうしようもありません。」 「土日と仙台への支援物資輸送と事業所支援にチームを作り行ってきました。津 波に襲われた地域事業所の状況確認に行った際に、酷い光景を目の当たりにしま した。日本とは思えない悪臭や景観の中、略奪や暴動が発生していました。私が 外周をチェックしている時に事業所の裏側で男性の水死体を目撃しました。その 光景が脳裏に焼き付いて離れないのですが、時間が経てば大丈夫でしょうか?被 災地入りした後から、脱力感と仕事に対する無気力が続いています。アドバイス を下さい。」 *災害直後には、急性ストレス反応や解離反応、死別反応、PTSD、等が発症 します。 身体的・精神的疲労が続き、環境の急激な変化はうつ病発症の引き金にもなります。 様々な症状が現れて当然です。そして個人差があります。時間と共に徐々に和ら いでいくものですが、なかなか症状が軽減されずに時間がかかる場合もあります。 だから決して無理をしないで、充分な休養をとることが大切です。感情を抑えたり、 気力で無理に乗り越えようとしないで下さい。つらいと思ったら、相談・受診して 下さい。 *私は夜通しベルが鳴る携帯電話を握りしめながら、この時期に発症する心身の変 化や動揺が起こるのは人として自然な反応で決して異常なものではないこと、なる べく一人ではなく家族や仲間・安心できる人と一緒に過ごしてもらうこと、睡眠は 少し多めに取ってもらいたいこと、眠れなくても身体を横にして目をつぶるだけで も脳は休息になること、等々を話しました。 *そして未だ新幹線が不通な中電車やバスを乗り継ぎ被災地入りし、顧問先社員の こころに寄り添うカウンセリングをさせて頂きました。 ・家族がまだ行方不明で。この寒い中どこに居るのか。せめて見つけ出したい。 会いたい。 ・家が津波に流されて避難所から勤務している。私はまだ仕事もあるし恵まれてる。  女性だから下着が欲しい。お風呂も入れず、髪も震災から洗っていない。 ・自分も家族も全員助かったのに、喜べない。家は全壊したけど、もっともっと大変     な人が沢山いるから。生きててよかったねって、大きな声では言えない。 ・この地にいれば地震が来たら次は津波だ、とわかっていたのに、部下を自宅に帰し   てしまった。(部下を津波で亡くした上司)自分の判断が良かったのか。部下が家  に帰りたいと言ったので帰したが、判断が間違っていたのではないか。あの大きな  揺れで自分も気が動転してしまい家族のことも心配だったし、冷静な判断が出来て  いなかったのかもしれない。 ・今昼間は会社の復旧作業をしているので、仕事中は気が紛れて大丈夫なんですが、  夜になるといろいろと浮かんできて、悪いことばかり思ってしまう。 ・自宅が浸水していて生活ができないので、今は家族と共に姉の家に居る。でも迷惑  かけるし、長くは居られないから。何とかしなくちゃと思うけど身体が動かない。  これから住む家も無くどうしていったらいいのか、自分自身がどうなってしまうのか、  不安でしかたない。 ・社員達が逃げる途中に流木にひっかかっていた遺体を見てしまったようだ。フラッシ  ュバックがあるようで、とても辛そうだ。 ・避難所生活を余儀なくされている社員もいるが、この近辺はまだマシな方かもしれな  い。他の集落では、ナイフを持った輩が徘徊していると聞く。警察署も流されてしま  い治安が維持できず、倒壊した建物から金品の強奪が始まっている。  日本じゃない、無法地帯だ。ニュースでは流されてないことが沢山あるんだ。   この未曾有の大災害で被災され九死に一生を得た方々に、言葉など不要です。 悲惨な現状に、私は只々こころを寄り添うことしか出来ませんでした。 桜が咲き新緑の季節になっても、被災された方々はあの日から時間が止まっています。  カウンセリングとはどういうことなのか、原点を問われる外来が今も続いています。 仙台、石巻、多賀城、名取、大崎、山形、秋田、青森、福島、いわき、等々。弟子達と 共に、何とか元気になってもらいたい、つながっていきたい、の思いで動いています。 また長期に渡る復興に向けて、支援する人へのフォローも重要になってきています。 *そして原発。福島では、目に見えない放射性物質との戦いが今も現在進行形なのです。 得体の知れないものへの不安が、日々蓄積されています。 訪れた顧問先社員から、「先生、私は別居ですよ。長女が今年の春小学校に入学するは ずだったのに、原発のせいで私の実家に非難させています。私は福島で仕事、妻と2人の 子供は実家での生活、一家離散ですよ。ここはさほど被害が無かった地域で、町は何に も変わりないのに自分の家に住めない。娘の小学生の生活を見守れない。悔しいです。」 *日本らしい景色が原風景というならば、東北の方々の人格こそ日本人の原点だと痛感し 頭が下がる思いがします。大震災は被災地東北の、温厚で我慢強く、律儀で礼節に満ち溢 れた人達の“ふつうの暮らし”を根こそぎ奪いました。私達があたり前に思っている日常 がいかに奇跡なのか、を教えてくれました。日々のふつうの生活に感謝しながら生きてい かなければ御魂に申し訳ない、と襟を正す思いです。 *一方でこの過酷な状況の中、東松島市で開業されている内科の先生から情報提供書を頂 戴しました。顧問先の女子社員が、家は全壊し入ってきたヘドロを洗い流しても臭いが酷く、 ガスも未だ通ってないのでシャワーも浴びれず、大変な中出勤している20代です。不眠と 頭痛を訴えていたので、紹介状を作成し内科受診を勧めたところ、受診した内科の主治医先 生からの返信です。 「御高診頂きありがとうございました。生活環境の改善を勧めました。特に汚泥の中の生活 はストレスになり、不眠の原因にもなりますので、最低でも週1回は近郊の被害の無い地域 に行って入浴するように勧めました。(地域の営業している多くの入浴施設を教示して下さ ったようです)今後も宜しくお願いします。」 まだまだ厳しい状態の被災地では、医師の先生方は不眠不休で診察して下さっています。そ んな中で情報提供書を作成していただき、私は届いた封書に手を添えながら、主治医先生の ご配慮に涙が出ました。本当に有難いことです。 *自分が今できることをしながら、つながり合いながら、被災者をしっかり支えていきたい と思います。日本人であって本当に良かったと思います。 東北の方々に教えて頂いた日本人を再び奮い起こしながら、命の対話を続けていきます。  今週も、福島と古川です。                                   合掌 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━